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えー
世間ではなんか海老名市での選書が問題となっているみたいですね。以前武雄市図書館の選書問題でCCCの基本的な方針に関する見解を挙げたけど、なんかその「実際には選書なんてしてないんでねーの?」疑惑が確信に変わりそうなだけで新たな知見は見出せなかったので、その辺のネタは触らないで置く。

が、ちょっと気になるのは「タイの風俗の話」が「タイのフーゾクの話」になり、そんなの蔵書してて恥ずかしいって話があった訳ですけども、本当にそーなのか、フーゾク話から知的探求はでけんのかという意味で、少し煽情的なネタから知的好奇心探索の旅に出てみようかと思う訳だ。

世の中に、ソープランドという浴場がある。行政的には「特殊浴場」という分類で、お風呂に入りに行くとおねーさんが体を洗ってくれる施設という表向きの説明があるが、ぶっちゃけフーゾクであるのはご存じの通り。名目上は自由恋愛という事になっている。

遠く江戸の昔、江戸は男性がやたら多くて女性の少ない男気溢れまくる土地だった。そして一般家屋では火事防止の観点から風呂を作ることが禁止されており、勢い市民は風呂屋・・・・銭湯に通ったのである。そしてこの江戸時代の銭湯は混浴であった。何度か男女別に区分けされたらしいが(勿論、風紀の乱れを是正すべく・・・・である)、分けるのがめんどっちーので混浴に戻るなどしたらしい。
また、銭湯には湯女と呼ばれる「世話をする女性」がいて、髪結いから何から「色々な世話」をしたそうである。ソープランドのサービスの原点は、実は江戸時代までさかのぼる。混浴というと今では温泉ぐらいにしか残っていないのであるが、元々混浴は「良くある風景」ではあったのだ。また、類似の話としては旅籠で飯を盛ってくれる給仕のおねーさんがその手のサービスをしていたこともあり、「飯盛り女」がその手のサービスをする女性を意味する事があるから言葉遣いには気をつけよう。更に言うと牛太郎女郎での客引きのおっさんの事だし、水商売の店で店の前に盛り塩するのは牛が塩を舐めて(皇帝の乗った)牛車が止まることを期待した中国後宮の人々が皇帝の寵愛を得んが為に弄した小細工を引用した物である。ありゃ結界とかじゃないぞ(神道で結界張る時は米塩酒の三点セットだろ) 人生至る所にヤバい話あり。迂闊に牛太郎とか屋号付けるとおじさんブホォッ! お、お主それで良いのかブホォって吹き出すから気を付けれ。

で、このソープランド、昔はトルコ風呂などと言った。なんでトルコなのかは後に述べるが、この不名誉な名称に対してトルコ人留学生があーんーまーりーだーっと陳情したり、新宿にあったとされる「大使館」という名前のトルコ風呂が電話帳でトルコ大使館と表記されており、トルコ大使館が激オコぷんぷん丸になった等の騒動もあった。まぁ、そら怒るわな。
この様な騒動から東京都特殊浴場協会が公募して決めたのが「ソープランド」という名称である。

んで、なんで特殊浴場(サービス内容的には江戸時代から続くもの)がいきなり中東の国家の名前になったかというと、Wikipediaのトルコ風呂の項目に詳しい説明がある。ハンマームというイスラム教圏で発達したサウナ風呂のようなものに着想を得て名付けを行ったのである。先のLink先にも言及がある通り、イスラム教圏だし男女混浴はあり得ない(女性は肌晒しちゃいけない宗教だからね!)のだが、その一切肌を魅せない女性が裸でいる場所という部分にロマンというかスケベを感じてしまった訳である。
このハンマーム、実際にはローマの公衆浴場をイスラームが継承し、イスラームの戒律に合わせて改変したものであると言える。更に言うとWikipediaのハンマームの項で説明されている通り、性的サービスは無くともハンマームはそらーもー代官山蔦屋書店とは比較にならないほど快適な居心地を誇ったのである。その豪華さや極上のくつろぎ空間を日本に再現したい(性風俗付きで)がトルコ風呂という形で(大変誤った形だが)結実したのである。

ソープランドの歴史を紐解くだけでも「日本国内性風俗の話なのに」遠くギリシャ・ローマまで話が飛ぶ。江戸時代の火事防止政策や古代中国の皇帝の話、様々な「要らん知識だが、なんか妙にボリュームのある」ネタが仕入れられるのである。
何事も深堀出来るもんだ。