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唐突になんかごっつい表紙絵の本を勧めてしまうのだが、悪魔なんかこわくない(マンリー W ウェルマン著 日本語翻訳版は国書刊行会から 1986年発行)は名著である。

元々本書はアーカムハウスというその手の人が聞いたらピンと来るクトゥルー系の本を良く出す出版社から出ているのだが、その出自に恥じぬ怪異譚の小編からなる短編集となっている。アーカムだから窓に!窓に!とか色々皆も想像逞しく怪異の具合を夢想するのであろうが…真に驚くべき事に主人公のジョンは数々の怪異に立ち向かい、そしてこれを乗り越えていく。するってーと何か、ジョンはジョンでもジョンDとかタイタス クロウみたいな感じかと思うであろうが、彼は銃の名手で戦争時にはどうも狙撃か何かをやっていた様なのであるが…彼の武器は銀の弦を張ったギターと歌の知識。割と近代のアメリカで活躍するものの、彼は吟遊詩人なのである。

彼は従軍後銀の弦を張ったギター(これも魔力的なものを狙って張った訳ではなく、音が柔らかであるというこだわりから張ったに過ぎない)を担ぎ、アメリカはアパラチア山脈の辺りをろくに家財も持たずに絶えず放浪している。その放浪の中で数々の民謡を採集していたりするのだが、これは作者のウェルマンが実際にその手の収集をしていた経験を生かしての設定であるという。

ある時は魔術師の吐き出すエクトプラズムが形を取った醜い鳥をギターで撃墜し、どっかの山頂では片手片足の化け物「かたちんば」と闘い、ある時はピンチにジョージ・ワシントン(米 初代大統領)を召喚し、悪魔のバイオリン弾きだのとも戦う。戦うが…大部分の戦いにおいて彼はその「心」によって勝つ。冒頭にて彼は自己紹介の中で「同じジョンと名付けられた人々の心の何分の一かでも、心が清くある事を願う」みたいなこと言っているのだが、劇中の人物が言うように、既にジョンではなくヨの方の読み方の人物に近いとさえ思える。
本書はキリスト教文化圏の風習を非常に強く打ち出しているのだが、その語り口は決して説教臭くはなく、あくまでもフレーバーに近い形でさりげなく配置されている。本書の中の一節である「山に登りて告げよ」等はモロに讃美歌の一節であり、物語自体が「クリスマスにジョンが子供にせがまれて話したお話」の体を取っているが…誰がどう見てもそのお話の主人公は立川最聖コンビの一人、ロンゲの方でしかないのだ! 最初は流しのデェクかな? と思わせておきながら、隣人間のちょっとした諍いを卓越した大工技で解決し、その家の坊ちゃんの萎えた脚を頭撫でるだけで直してしまうまで、それこそ読者にも「気付かせない」のである。短編集なので物語の長さ自体も非常に短いのだが、最後の2Pぐらいでギュンと音が鳴るほどに捻って来る辺りが非常に良い。
なんと言うかな、非常に上手く騙された感じ、一本取られた感じ? 怪異を扱っているのにジョン自身の人間性や物語の語り口が絶妙なので、読後感がすっきりという「アーカムハウスとは思えない」作品に仕上がっているのだ。

随分前に絶版(再刷予定なし?)になった様だが、幾つかの図書館で蔵書があるようなので、取り寄せで読めるかもしれない。念のため書いておくと ISBN-10: 4336026491 である。

私は本作を(当時メタルフィギュア等の連載を始め、後にRPGマガジンを発行することになる)Hobby Japan社の旗艦誌である月刊Hobby Japanでの書評で知った。以来数年探し求めていたのだが、何しろ国書刊行会なので川口市内の個人経営の本屋では発見できなかった。最終的に池袋のビブロでクロウリーの著作とか立ち読みしている最中に国書刊行会コーナーの様なものにぶち当たり、そこで奇跡の出会いをしたのだ。(若年時は大体Hobby Japanで勧められたチャンドラーとか稲垣足穂とかばっか読んでたなぁ…)

まだ高校生ぐらいだった身としては大変高価な本であったが、巻頭のジョンの自己紹介、たった3P程の自己紹介「ジョンってのが俺の名さ」を読んだだけで「これは間違いない」と確信してレジに並んだ。この時の一冊は知り合いに借りパクされてしまったのだが、その後国書刊行会のサイトを発見し、残部が少ないこの本を滑り込みで再Getしている。吟遊詩人が活躍する物語は数多いが、吟遊詩人が吟遊詩人然として活躍している作品というものは実のところあまり見た記憶がない。その僅かな「吟遊詩人が正しく吟遊詩人している物語」がこちらである。

大変感動したのであるサイトで書評をした際、「ジョンってのが俺の名さ」を全文公開すべきと書いたのだが、後にAmazonにて本の中身をチョイ見せする販促法が取られたのは僅かながら誇りとするところである。

先に書いておくが、本書日本語版は既に絶版である。英語版はなんでか知らんが(著作権期限切れた?)Webで公開されている。日本語版がどーしても読みたい場合は先に記載したISBNコードを控えて地元の図書館で他館から取り寄せ(相互貸借)をしてもらうと良い。

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