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えー。
チタマでは海老名市にオープンしたツタヤ図書館の(不)愉快な蔵書配置や分類で話題が沸騰中であり、3年も沸騰してれば煮沸消毒できて嬉しいなって感じであるのでありますが、そんな中、おじさんは桶川の新しい図書館を見に行ったのでございます。
当日私はビックサイトで行われていた展示会を見に行くことになっており、見に行くとなると東京駅からバスで行く羽目になるんですね。また、帰りもバスで東京駅に戻る形になり、なんと桶川行くなら電車で一本、僅か1時間にも満たない時間でスパーンと行けるんですわ。しかも桶川の図書館の指定管理業者は丸善であり、丸善と言えばTRCやジュンク堂を傘下に置いた本屋業界の巨人の一人であり、常から丸の内Oazo内の丸善で「機を見るに敏」な姿を見ている私としては、非常に気になったのである。同日にオープンした他の図書館は、遠い上に「見に行ったらおじさん確実に怒り心頭でメタルダーに変身しかねない」危険性がある。そらー見に行くとしたら桶川行きますわ。

桶川について
桶川の歴史や名物に関しては実際に桶川の図書館行って調べてもらえばいいと思うので、近年の桶川を取り巻く環境を少し説明しておこう。
桶川市は埼玉県の割と真ん中の方にある総人口7万ちょいの地方都市である。県南地域の人間だと「鴻巣に運転免許取りに行く途中で通過する町」、または「国道17号北上する時、上尾から始まる大渋滞で足止め食らう辺り」とか、そんなイメージだと思う。しかし近年高崎線の乗り入れがやたら拡張されてものごっつう便利になり、2015年中に圏央道が完成してやたらめったら交通の便が良くなると期待されるエリアでもある。柏の葉などの首都圏新規勃興エリアを見る限りだと、桶川は今後滅茶苦茶繁盛しそうな優良物件と言えるだろう。電車一本で湘南とか行けるとは妬ましい(苦笑 川口市民視点)

でだ。Twitterに投稿した自分のつぶやきを基にOKEGAWA honプラス+がどんな感じだったか記載してみよう。

駅を降りて西側に向かうと「おけがわマイン」というちょっとした商業施設がある。OKEGAWA honプラス+はこの中に入ったテナントであり、看板が示す通り図書館と書店と喫茶店の複合施設となっている。それぞれのエリアはしっかり区分されており、特に書店部分と図書館部分はガラスで仕切られて遠景としては繋がっているが、しっかり区分けされている。どこかの様に混ぜこぜにはなっていない。
また、同フロアには上記の店舗以外にもユザワヤなどが入っているし、1Fには喫煙席を持つドトールが入っている。大きな視点で見れば本当に色々な施設が混在し、それでいてしっかり分離運営されている生活動線上の施設なのだ。
少し階段を上がって当該部分に入ると、まず右手側の喫茶店(見に行った日はご老人が沢山寛いでおられた)、正面に丸善書店が見える。まず書店部分を見てみよう・・・・
ショッピングモール内の書店としては結構大きめであるように思う。書店で使用している書架は割と高めのもので、それをずらーーーーっと並べて本をがっつり入れている感じ。高いと言っても身長175cm程度の私が余裕をもって本を手に取ることができる高さであり、どっかの図書館や書店の様に手の届かないところに本を置くような間抜けさはない。イメージ的には一般の書店の「壁際の書架」が店内に張り巡らさているような感じか。
大体私の目線の下、書架の真ん中から少し上あたりに2段ほど面出しの本が並び、そのカテゴリーや出版社のイチオシの書籍が並んでいるようだ。
本屋見に行って本の事を見ないのは魚屋で魚の品ぞろえを語らないのと同じなので、少し置かれている本について見て行ってみよう。

ざっと見た限りでは新書の棚数がやたら多い。これは同規模の一般的書店の3倍程度はある感じ。この数は都内の大規模書店に「若干劣る」ぐらいで、私が見る限り異様に見えた。また、なんでか知らんがちくま系の新書の品ぞろえ、文庫の品ぞろえがやたら厚い。都内大手書店でもちくまのプリマー新書とか非常に扱いが薄いのだが、やたら在庫があるのは何故なのか。岩波文庫に関しても(確か買い取りだという話だから)厚い品ぞろえをするには不利なものであるのに、割と充実した棚を作っている。
個別に見ていくと・・・・角川Oneテーマの新書コーナーに話題が沸騰(消毒中の)の「沸騰!図書館」が6冊面出しで置かれており、その隣にはライフネット生命の出口治明氏本の「使い方」が面出しで7冊並んでいた。
慧眼の士であればご存じの通り、どっかの口だけ図書館ヘビーユーザーとは異なり出口氏はガチの書痴である。新規カテゴリーの知識を吸収するにあたり、まずその分野で最も大部の著を手に取って読みますとか読者置いてけぼりだが大変に含蓄深く、ハードルが棒高跳び状態になってる提言をするお方である。俺、ちょっとボクシングにはうるせーからと言ってるチンピラとマイクタイソンを並べるような大人げない対比をするとは・・・・角川さんは樋渡氏に何か恨みでもあるのか。そんなに売れなかったのか沸騰図書館!
ちくまの新書コーナーでは面出しエリアに「つながる図書館」「図書館に訊け!」「図書館で調べる」が配置されていた。ここに走れ!移動図書館辺りが加わると何とも言えない「書架がささやき掛けます」状態で美味い、美味すぎる!の十万石饅頭状態になるので、丸善の方是非ともご一考を。もういっそ図書館を使おうフェアやっちゃいましょうよw
少し移動してハヤカワの文庫棚に。ハヤカワと言えばミステリとSFであり、私の大好物の棚である。
カート・ヴォネガットの著作エリアにスローターハウス5が無かったが、少し隙間があったので売れてしまったところかもしれない。(スローターハウス5はドレスデン空爆を一躍有名にしたSF小説である)
私の敬愛する西の善き魔女アーシュラ・K・ル・グィンの著作は闇の左手をはじめとするハイニッシュ・ユニバースものが数冊。言の葉の樹は無かったが、ありゃ絶版か?
ギブスンも今は流行らないのかニューロマンサーぐらいしか無かった。最近はまぁ、そんな感じなんだけど。(ニンジャスレイヤーがウケてるのにサイバーパンクの古典が書店に無いのは残念無念。図書館に期待しよう!)
ミステリ棚で確認するべきは(私の場合)レイモンド・チャンドラーである。ハードボイルドだど!
ここは近年あの「村上春樹」により新訳が出ており、割と新規の顧客層を開拓している処であるが・・・・見事、春樹訳と共に「古典である」清水訳も並んでいた。御美事でござる。良く分かっているである。春樹で釣られて大量に並べる代官山とは違うである。マーロウは師匠と公言する私にとって嬉しい事である。

30フィート離れたところからはなかなかの女に見えた。10フィート離れたところでは、30フィート離れて見るべき女だった。 (高い窓より)

こんな風に言葉で遊べるようになりたい。

書架/本以外に見る処としては、大変に小中学生が多かった処が気になった。その子供たちが、今では失われた風景でもある「立ち読み」をしているのだ。それは決して褒められた行為ではない事は知っている。本屋さんや出版社にとっても良い事だけではあるまい。しかしそうして私も本を好きになっていった。遠く20年の歳月の昔、池袋リブロで出会った「悪魔なんかこわくない」も、手に取って最初の一節読んでマッハでレジに差し出したものだった。今では死んだ時棺桶に入れて欲しいとさえ願っているが、誠に残念な事に絶版臭いので棺桶に入れて燃やす時にはコピー本で勘弁して実際の書籍は図書館に寄付したい。立ち読みで消費されるだけではない名著は実在するし、そういうものを手に取ったとき、人は購入せざるを得ないのである。

次に図書館部分を見てみよう。
全体的に小ぢんまりとした印象を受けなくもない。それは普段私が利用している川口市の中央図書館と知らず知らず対比しているからだとは思うが・・・・もう一つの可能性として「見通しが良い」部分もあるかもしれない。こちらでは書架の大部分が(書店部分よりも)背の低い物で揃えられていて、一発で全体を見渡せるのだ。

ここでこの図書館に求められた機能を考えてみよう。このOKEGAWA honプラス+は市の活性化を求めている部分がある。勿論図書館機能を十全に満たした上でAdditionalにこの機能が求められていることは言を待たない訳だが・・・・実際に賑わっていることを可視化するにはどうしたらいいだろう?
数多くの人が利用していることを魅せることが重要なのではあるまいか?
実際問題として本棚が高くてもあまり良い事は無い。先に挙げたマーロウのセリフではないが、30フィート先から見たら見事な物でも、10フィートの距離で見たら残念であるとか、そもそも手が届かないとか、落下防止柵が必要になるとか不格好な状態になることは容易に推察できる。ていうか子供やお年寄りが本を気軽に取れない。
入り口近くに置かれた中公新書の棚は更に低い。むしろ異常に低い。
その低い棚にずらーーーーっと並べられた新書の山に、私は気圧された。これらが桶川市民を下から支えるものなのかと。新書なのに若干古いものが多いようにも感じたが、全体的に蔵書のリニューアル(入れ替え)が上手くいっていなかったのかもしれない。

新書の歴史はやはり本マニアで度し難い岩波茂雄氏にまで遡る。岩波氏は古今の名著を手軽に誰にでも読めるようにレクラム文庫を範に取り、岩波文庫を創設するのであるが・・・・ある時「古典ばかりが大切とは限らなくね? 最新の思想とかそういうのもみんなに必要なんじゃね?」と最新の知見を集めた新書を考案する。そこから考えると新書はできるだけ新しいものが多い方が良い。参考:1938年 岩波新書を刊行するに際して
と、同時に、岩波しげちゃんには申し訳ないが、古典と現代の視点だけでえーのかなという気はする。個人的には近代へ続く「道程」も知ってた方が良いのではないかと。ある意味ではこの新書の一群は桶川市を作り上げてきた知識体系の一つなのである。

蔵書は古いながらもきちんと分類され、機能的に排架されている。見通しが良いのもあり目的の書籍を探すのに苦労はないだろう。ここでも本を探してみる・・・・ゲド戦記はどうだろう?
児童書コーナーにあった。児童書コーナーは弧を描いた低めの書架で構築されていて、実際におじさんの目の前をホビットの様に小さな図書館のお友達が書架の間を歩いていた。ナルニアと同じエリアに配置されたハードカバー版のゲド戦記を見る。・・・・「帰還」は小口が日に焼けて古書然とした風格を漂わせており、幾人もの人々が本書を手に取って読んだのかと思うと胸アツである。(今検索したらソフトカバー版もあった、こっちは新しいと思う)

これまでの情報をTwitterに速報兼メモとして投稿する。椅子に座り近傍の席を見ると小中学生が制服で、普段着で、本を傍らに置いて自習するつもりだったのだが隣の席の友達とじゃれあっている姿が目に映った。じゃれ合うだけなら図書館の外でやれであるが、小脇に本が置いてあるならそれは良き事だ。読めなかったら借りて家で読んでもいい。奥の女子中学生たちはペットボトルジュースを片手に談笑している(で、彼女らの座っている席の傍らには、鉛筆立てと見まごうようなジュース台が置いてあり、転倒による汚損を防いでいるようだった。これは地元の図書館でも欲しいな!)

難を言えば本が少し古めとか、児童書が多く一般書が少ないとか、本棚がスカスカとか言えなくもないが、その奥に潜む図書館経営哲学・・・・つまり、古い本が多いから新しい本を「とにかく入れて」水増ししようとか、特定カテゴリーが少ないからてけとーに分類してカテゴリー数を調整しようとか、ドカーンとでかい図書館で来訪者の度肝を抜いてダミー本で大勝利とか・・・・そんな姑息な手を使わず、しっかり本と向き合い、「これから改善するぞ」という意気込みを感じるのだ。使いやすく、誰でも手を取りやすい状態を維持し、これから育っていく・・・・桶川市立の駅前図書館はそんな図書館だ。ある意味ではまじめ過ぎる・・・・華やかさとは無縁な図書館然とした図書館である。静かな図書館内で私の脳内に響いたのはQueenのWe will Rock youであり、いつか世界を揺らしてやるぜと豪語する若者の熱き思いだった。

たまに陸上競技の短距離走奏者と同じ名前なんで誤解されるイギリスの詩人に、ベン・ジョンソンという方がいる。
この人物の「単純さのうちに美を」という詩を引いて、本稿を締めたいと思う。

あなたは さも宴会にでも行くかのように
いつも端正にし いつも華やかに着飾り
いつも白粉をつけ いつも香水のかおりを漂わせている
私には こんな化粧をする貴女の魂胆がわからないが
これでは 爽やかとも健全とも とても言えた義理ではないと思う

私には 単純さの中に優美を示すような眼差しと顔を
そしてまた 緩やかにまとった衣裳と 軽やかに流れる髪を 願わくば見たい
わたしは このような無造作の美しさの方に
贅をつくした化粧よりも心を惹かれるのだ -そんな化粧では
私の眼を驚かせても 心を動かすことは到底出来ないのだ

イギリス詩人 ベン・ジョンソン(1572~1637)
引用元:
らしさを見失わない為には[英米]

なんかリファラとか見てたらこんなワードで検索されてたみたい。

  • 桶川本プラス
  • 桶川図書館
  • 桶川中央図書館
  • 桶川マイン 図書館 子供遊べる?
  • 桶川 図書館
  • 桶川図書館人多い

この辺の検索ワードでは何が知りたいんだか良く分からんが・・・・・
子供が遊べるか、に関しては「子供が遊ぶというよりは、子供の読みたい本を探したりするには向く」って感じかなぁ?
ジャングルジムがあるとか、滑り台があるという事は無い。ただ、良著はあると思う(書架見た感覚として)
丸善の方でも壁面に児童書並べてたし、そういう意味で「本に触れさせる」のなら、向く。子供遊び場にほったらかして親が本を選ぶには向かないかもしれない。託児所じゃないから。
子供を小中学生とするなら・・・・いいんでないかな? 安心して送り出せるよ。多分。

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