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なんか誤解を解くのに必死になってる気がするなぁ・・・・おじさん。

Yahooニュースに首記の「マスメディア的には「ツタヤ図書館問題」は始まったばかりだ」という記事が掲載されて、物議を醸している。個人的にはジャスティス孫(仮名)に利する事は個人信条に触れるぐらいの大罪なのであるが、今回仕方ないのでLinkを張ることにする。

えーっと・・・・この記事に対する批判が多いようだが、そんなに目くじら立てるほどのものか?
以下の指摘とかは現状に即したものであって理想論とはかけ離れている訳だけども、現状語っているのだから仕方なくはないか?

マスメディアがネットの後追いをする現実はすでに常態化している。それは、マス(大衆)を対象にしたメディアである以上、一部のユーザーが騒いだり、活動しているだけでは、記事にするのが難しいからだ。ただ、どうも簡単に後追いできる騒動はすぐに記事にし、ツタヤ図書館のようにやや複雑で、理解が必要な問題は、公的な動きが出るまではスルーされる傾向にある。本来は、逆であるべきだ。

マスメディアって、本来は皆の知らない事象を「マスに向けて」発信するメディアであり、皆が知ってるネタを再配信するものではない。よく読めば藤代氏も「本来は、逆であるべきだ」と指摘しており、ここの部分メディアに対する苦言なんだよね。マスコミの本来期待される働きは「あまり表立っておらず、複雑な問題を大衆に対して分かりやすく読み解く、或いは報道に徹して『今』をそのまま伝える」だもんねぇ。

元々旧来のメディアの配置では、新聞が文字通り「新しく聞いたこと」を伝える速報であり、週刊誌等がその情報を後追いして深く掘り下げる役割を担っていた。しかしネットメディアやSNSの発達により新聞は速報性ではネット関係の速度についていけなくなってしまったのである。最も速報性が高いテレビですら、最近ではネットで話題のニュースを番組内で取り上げる始末だ。今は丁度過渡期で新聞をはじめとする速報メディアが己の立ち位置を決めかねている様にさえ見える。

速報性で話にならないのだから事例の掘り下げ・・・・つまり週刊誌的な職能を発展させれば良いと分かっていても、長年速報に特化した情報配信形態を作って来たメディアが週刊誌的な体制に移行するのは非常に難しい。ぶっちゃけ人材がいない。
何度か記載したネタだが、私は昔「青色レーザー光による記録集密度を上げたデジタルデータピックアップ部の製品発表会」にある雑誌のバイトとして潜入したことがある。高校生程度の知識があれば、従来のレーザー光よりも短波長の青色レーザーを用いることで『同一面積におけるデータの記載可能量を引き上げる』事が出来るのは自明だろう。ぶっちゃけこれは今で言うBlu-Ray技術の先駆的発表会だったんだが、某大手新聞社の記者は散々開発側が丹念に技術の説明してその利点を語った後に、こう質問した。
「で、青色になるとどうなるんですか?」
技術に多少の理解がある人らは盛大にずっこけてた。
こんなもん、こんなもんなのだ。速報性に重きを置いて基礎的な知識が大幅に欠落している、つまり考察能力の足りない人らを配置した結果、新聞社とかの末端で働いている人はかなり危険なレベルで教養や基礎的な知識が欠落していたりする。こんなん大多数の中で「掘り下げた記事を書け」と言っても土台無理な話だ。それこそCCCに図書館運営ちゃんとやれという様なもので、適性の無い人々に無理やらせても不幸な結果が出力されるだけではないか?

そんな人々が報道に関わっているのだから、我々はバッカでーで指さし笑い飛ばすだけではなく、彼らにも分かりやすい問題点の指摘や「問題点が浮き彫りになる視点」の提供、何と対比したらいいか、どんな方向での報道が望ましいか・・・・この辺手取り足取り「教えていかなければならない」というのは、現実問題として承知しておかなければならない。
とりあえず「速報性とメディアとしての信頼は、一定年齢以上の人々という限定された範囲において」まだ担保されているのだから、これを上手く使っていく方が良い。

また、藤代氏はこうも語る。

いま危惧するのは、このまま報道が加速し「ツタヤ図書館が悪い」といった感情的なバッシングが起きることで、それではトカゲの尻尾切りになってしまうことだ。ツタヤ問題をネットで書くと各方面から非常に厳しいコメントが寄せられ、図書館はどうあるべきなのかという冷静な議論を成立させることが難しいのも問題だ。

実際問題、氏の記事を読んで(何をどう誤解したもんか・・・・)何故かバッシングが始まってるような気がしないでもない。私は当該記事は(Yahooに寄稿されている記事を褒めそやすのは激しく抵抗があり、ジャスティス孫(仮名)の損は私の利ぐらいに考えているマン)妥当な評論であり、なんも怒る必要ないと思うのだけれども。

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