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アーシュラばーちゃん伝説1

アーシュラばーちゃんは図書館の妖精である。幼少の砌にロビンフッドのセリフでチャンバラする(日本に置き換えれば子供がいきなり鞍馬天狗の「今は何をかつつむべき。我この山に年経たる。大天狗は我なり」とか言い出すようなもんだ!)奇天烈な遊びをしたかと思うと、思春期にはフランス語知らないのにフランス語で本を読んで涙を流すという大変にぐれいつなお方である。

そして、彼女はSF作家としての側面を持ち、また私の大好きなゲド戦記シリーズの作者でもある。

まさかこのBlogを読む人でゲド戦記シリーズを知らぬ人はいないと思うが、知らない人はマッハで書店に行き光速で6冊ほど本を購入して読むと宜しかろうなのだ。

長い間、ゲド戦記は3冊の書籍で構成されていた。即ち、「影との戦い」「こわれた腕輪」「さいはての島へ」の3部作である。そしてしばらく時間を置いて帰還以降の3作が発表されるのであるが、この3作を書くに際してアーシュラばーちゃんはやはりけったいなことをするのである。

少しでも創作を試みたものであれば、自分の作品の主人公がいつの間にか主体的に動き始め、自らの想定を無視して別の結末にたどり着くなんてことを経験することもあるだろう。まぁ、そう言うことは余り頻繁ではないが良く観測され、耳にする事例である。

が、アーシュラばーちゃんの創作は一味違った。実際彼女の文としてどっかに記載があった気がするのだが、長らく停止していた物語を再開するに当たり、このばーちゃんは作品世界アーキペラゴの図書館に赴き、作中世界を留守にした間に何が起きてたか、また「現在のアースシー」を知るために過去にアースシーで何起きてたか、自分の脳内の図書館の蔵書を読んで来たというのだ!

呆れた。
心底呆れた。
そこでおまけで拾ってきた知識から編纂されたのがゲド戦記外伝(現在はドラゴンフライと改題)なのであった。このお方は脳内に別人格を住まわせるだけではなく、脳内に図書館構築するという離れ業をやってのけるお方なのである。

ちと度が過ぎてませんかね?

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