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このBlogのかなり初期から掲載されていて、地味に読まれている記事がある。それが「図書館の利用を増やすには・・・・」という小文なんだけど、今回はガチって図書館の利用数を増やす方策についての話をしてみたい。

先の文章では武雄市のツタヤ併設後の手法の「目的」や「手法」を変えずに「更に先鋭化した武雄市ツタヤ図書館」を作るとしたら・・・・という視点で書いている。結果、スタバが客寄せに最高か分からないから、パンダで客寄せとかメイドで客寄せも考えるべきだとかかなり頭の悪い事を記載する羽目になっていて、本当に・・・・本当に真摯に図書館の利用数を増やそうと考えている人々にとっては肩透かし食らった形になっていると思う。

マジですまんかった。

でもね、図書館の利用を増やす妙策ってのは既に提示されていて、ライブラリアンには既知のネタなんですよね、多分。つーかおじさんもこの方策以上に実効性のある「図書館としての集客」方法知らないのである。だから図書館の中の人にとってはつまらぬ記事だけど、一般の「余り図書館に行かない層」に対して少し記載してみたいと思う。

ロジックは割と単純で「新ピカの書籍を山ほど積んで、自由に、そして気軽に借りに行ければ図書館は利用される」ってだけの話。当たり前ですよね、当たり前すぎて面白味もないですよね。でも一番効果的なのは王道なのよ。

ただ、この方法論が提示された後に「新刊書の売れ筋を山ほど買い込んで貸し出しに応じる」とかやってしまった為に「無料貸本屋かよ!」という批判が出てしまったのは残念な話である。実際、この方法論は図書館協会が発行した「中小レポート」や「市民の図書館」に提示されていて、提唱された当時も「それは貸本屋ではないか?」という疑義が呈されていたものを「んなもん今の何倍も図書館利用されるようになってから考えよう!」という大変オトコマエ過ぎてくらくらする意見と共にガン無視したんである。予想どおりなんである。だから今は「図書館利用増えたし、やっぱその辺少し考えようか・・・・」となっているのだ。

自由に借りるの話の部分。
これは移動図書館からの成り上がりを成し遂げた日野市の図書館話に詳しい。
日野市では移動図書館を運営していたごく初めの時、忙しそうに働いてた図書館職員を助けるために自発的にボランティアのおばちゃんらが貸し出し業務を手伝う・・・・なんて事になったことがあるそうな。したら奥様方からの貸し出し依頼減ったんだって。「近所のおばちゃんに自分がどんな本借りてるか分かるのはイヤン」って事らしい。
まぁ、確かに(すごく小さな自治体ならあり得る話だが)「xxxさんちの娘さん、この間ゼクシィ読んでたわよ」とか噂話されてもウザいわな。個人の読書履歴や借り出し傾向漏れるとちょっと嫌な感じになるかもしれない。
まだ武雄界隈では指摘されていないが、図書館のバイトが武雄市在住者で、近所のオバちゃんとかがバイトしてるからちょっと借りたい本も借りれない・・・・という事態は想定できるかもしれない。遠方から来てる「観光客」はそんな心配無いから自由に貸し出しできるとか、地元利用者の減少に繋がってたりはしないだろうか?

気軽に借りるの話。
最近ではこの辺重視してるよね。交通の要所である駅前に置いて立ち寄りしやすくし、営業時間延長して勤め人にも利用しやすくなっている。
少し前まではこのポイントを押さえるのに「移動図書館(なんかギョーカイ的にはBook Mobile/BMとか言うらしい)」で「積極的に利用者のもとに行く」のが重要だったらしい。おじさんが住んでる川口市の場合、市域内に3つの駅があり、川口駅前に中央図書館を擁している。これで川口駅利用する市民にとっては極端に利便性が増したが、西川口(川口駅の隣)はまだ良いかもしれないが、東川口駅(川口の北の果ての方)利用者には利便性が無いに等しい。一応東川口駅のある「戸塚地区」にも図書館の分館があるからまだいいが、市民に対する公平性をできるだけ担保するには「できる限り近場に」図書館たくさん作るしかないんだよね。

この辺が客寄せパンダで水増ししない、半世紀前ぐらいから続く王道の図書館振興策である。
今、指定管理制度とかで図書館の運営費をシュリンクする自治体も増えている。実際川口市の中央図書館とかでも貸し出しカウンターとかの職員は民間委託していたはずだ。若干上記の「自由に借りれる」に抵触する部分もあるかと思うが、採用を市外の人に限定したらまだ許容できるかもしれない。こうして図書館費用の一部をシュリンクして蔵書の新鮮さとかを維持するのであれば、これはこれでありだと思う。無限の予算なんてどこにもないのだから、どっか締めるところ締めないと。

また、上記の条件から「図書館の利用を増やす為にはやってはいけないこと」も見えてくる。
蔵書がやたら古かったり、利用者の興味を引かないものばかりにしていたり、調べ物の役に立たないものにするのは最も簡単に図書館の利用者数を減らす道となるだろう。
簡単に借りれないのも問題だ。書架が整理されていなかったり、分類がわけ分からん状態になってたり、手に取りにくい状況になっているのであれば行く気は失せる。もちろん建物が古臭いとか異臭がするなんてのは以ての外だが、かっこ良く見せる為に利便性を犠牲にするのは最もやってはいけない事だと思う。図書館における美とか格好良さは「機能美」という形で結実しなければならない。

近年では図書館の近くに喫茶店などを作る自治体も多い。(いや、契約して入ってもらうんだけどさ)
しかしいくら何でも図書館の客入りが悪いから図書館の中に喫茶店入れて喫茶店の動員まで図書館利用者数として計上するとか、喫茶店に図書館運営任せて新規購入本が中古新古のオンパレード、いったい誰が求めてんだ的なラーメン本満載とか、立派な本棚の安全対策のために購入する本がしょぼくなりましたとか

「やる気あるの?」

と言われてもしゃーない。図書館の振興というのは実のところ「図書館の本分」をしっかり意識し、その機能を高めることで自然と振興する類のものである。しかもこの指摘は最初の方にも書いた様に「50年前から指摘されていること」であり、図書館関係者の中では当然の知識でもある。今更そんなの知らなかった!と言われても困るのだ。

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